新卒から7年2ヶ月勤めた会社を辞めました

2020-05-05

ブログ初投稿は退職エントリーです。
次のキャリアを歩んでいくうちにきっと今の考えを忘れていくと思うのでいつか振り返るために書き残します。
大手Web企業にエンジニアとして入社し、気づけば7年在籍していました
入社した当初はプログラムを書くことも読むことも全くできなかった私をここまで成長させてもらったこと、大変感謝しています。

7年間なにをしてきたか

  • eラーニングシステムの企画、設計、開発、運用
    • Linux、Apache、PHP(Zend)、MySQL
  • 予約システムの運用
    • WindowsOS、IIS、ActivePerl、PostgreSQL
  • タレントマネジメントシステムの企画、設計、開発、運用
    • Linux、Apache、PHP(Zend)、MySQL
  • 人事評価システムの企画、設計、開発、運用
    • Pivotal Cloud Foundry、nuxt.js、java(SpringBoot)、DDD、MySQL
  • SAPの運用(Basis)
    • VMware VCenter 運用、ベンダー管理
  • SaaSの導入
    • ベンダー契約、業務部門との企画、Azure連携、データ移行、機能設計
  • Hackathon運営
    • 大学教授や大学のゼミ、塾講師へ飛び込み営業
  • 全社技術刷新PJ
    • 組織PMO(100人規模の組織)として調整、管理

ざっとまとめるとこんなところです。
入社して以来、情報システム部のコーポレートエンジニアに配属され7年間人事系システムメインでやってきました。クライアントが人事部門の社内SIみたいな役割です。また、チームでの仕事以外にも全社のPJとしてHackathonの運営だったり、全社規模の技術刷新PJの部門PMOだったりを経験させていただきました。
情報システム部には私が所属していた開発部隊の他にも、社内ネットワーク、社内認証、テレカン設備、ファイルサーバ、ビル管理、サイネージなどなどそれぞれを管理する部隊があり、この組織だけで1つの会社できるような部門だったので、身近にそれぞれのプロフェッショナルがいる環境はとても働きやすく、勉強になりました。

なぜ辞めるのか

ポジティブ

もっともっとスキルアップを目指したいというのが一番の理由です。
7年も同じ組織に所属していると昔とくらべて成長曲線が緩くなってきてると感じはじめてきたこと、
定年まで残り30年働くことを考えたときに35歳までは、もっとガムシャラに働いて貪欲にスキルアップを目指していかないと40歳以降に自分がやりたいと、思ったことを実現することができなくなって仕事が楽しくなくなるのではないかと危機感を持ったことが理由です。いま自分が一番得意なことを延長線上でやっていくのではなく、いま一番自分ができないことに挑戦していきたいと考えました。
そしてそうしたチャレンジができるのは20代のうちしかないと思い、コロナウイルスで世界がとんでもない状況であるこのタイミングでも転職する覚悟を決めました。

ネガティブ

個人としては人事評価は同年代と比べてもとてもよい評価、よい給与をいただくことができ、給料面でも働きやすさの面でもとても満足していました。
よって、ネガティブ要素によって転職を決断したということはないです。
ただ、退職エントリを書くというこの機会なので直近で感じた組織に対するマイナスポイントを書いてみます。

私が入社した当初は、日本の企業では珍しく社内ツールをほとんど内製しているという環境ということもあり、新しい技術にどんどん触れることができ、従業員の生産性をあげるためにどんなシステム、どんな機能があればいいのだろうとエンジニア自身が考え、企画し設計実装できるのでとても居心地がよく楽しかったです。
しかしそんなことを数年続けているとだれもメンテできないエンジニアが自己満でつくったようなツールが乱立し始め、ここ最近では内製ツールをすべて廃止しSaaS製品に載せ替えるという方針になりました。
私自身も最近のSaaS製品をみると素晴らしいものばかりですしその方針は間違っていないと思いつつも、エンジニア自身が従業員の生産性をあげるためにどんな機能をつくりだそうかと考えてゆく、エンジニア魂が燃えるようなシチュエーションが少なくなってきたなとも感じ始めました。
また、大きい組織なのである程度仕方ない面もあるかもしれませんが「あ、その案件は裏で進めてるから。」という、現場も大きく関わってくる案件なのにマネジメント層から情報が降りてこなかったり、現場に情報を伝えずにいつのまにか知らない方向に進んでいるという課題は感じていました。マネジメント層は業務の性質上、エンジニアリングから離れた人材が多いのですが、その方たちがプロフェッショナルである現場のエンジニアに開発PJやシステムの方向性を共有せず「裏で進めている」は納得いかないことが多かったです。

ツラツラとネガティブポイントを書いてみましたが、
上記の課題は自分が退社する直近にただ単に感じていたものであり、
どうしても嫌だ、どうにかしたいと、
「自分の役割を変えたい」、「改善したい」、「改善してください」と、
相談や、働きかけると動き出してくれる素晴らしい環境でした。

次はなにをするのか

次は外資コンサルティングファームで、ITコンサルタント(業務内容はほぼSIに近い)として働きます。
今の考えとしては将来は事業会社に戻り、toCに対して自分の手で作ったプロダクトを提供していきたいと考えているので、修行期間として考えています。
「PJ推進/マネジメント」「プレゼンテーション」「英語」の3つの軸をあと5年できっちり伸ばし、身につけていきたいと考えています。
また、これまで学んできたエンジニアリングの経験もしっかり維持、伸ばしていきたいので、このブログもそのためのツールとしてTechブログを継続して書き残していきたいです。